設問1
1.下線部①の逮捕、勾留、引き続く身体拘束の適法性について
甲を業務上横領の被疑事実で逮捕等した行為は、いわゆる別件逮捕に当たると考えられるところ、その適法性については、余罪取調べの限界として考えれば足りるから、別件自体がそれぞれ要件を満たす限りは適法である。
(1)通常逮捕
ア 「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」(199条1項)
特定犯罪と犯人性が明白な場合をいう。
Pは、甲の勤務していたX社社長から甲が過去に3万円を横領した旨の供述を受け、その被害届も出されている。そして、甲に3万円を渡したとのAの供述調書や、その記載のなる帳簿類がなかったとの捜査報告書もある。このような事実関係からすれば、業務上横領事件という特定犯罪及び、その犯人が甲であることの明白性が認められるから、標記要件を満たす。
イ 「逮捕の必要性」(199条2項)
逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれある場合をいう(規則143条の3)。
甲は、単身生活し、無職でもあり、預金残高も1万円と少額で、不安定な地位にある。そして、法定刑が最長10年であることも考慮すると、甲が、起訴をおそれて逃亡するおそれがあったといえる。ゆえに、必要性も認められる。
ウ そして、上記の要件のもと、発布された逮捕状により逮捕しているから、適法な逮捕である。
(2)勾留(60条)
ア 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(60条1項柱書)
上記(1)で述べたとおり、認められる。
イ 「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」(同条1項3号)
上記(1)で述べたとおり、甲に逃亡のおそれが認められる。
ウ 「必要がないとき」でないこと(87条反対解釈)
特にこれを否定すべき事情もない。以上によれば、勾留も適法である。
(3)余罪取り調べの適法性(=身体拘束の適法性)
余罪取り調べについての明文の規定はない。しかし、仮にこれを無制限に可能とすることは、令状主義(憲法33条)の精神を没却しかねない。一方でこれを禁止する規定もなく、現実にこれを行うべき必要性ある場合も否定できない。以上からすれば、各犯罪の罪質や、それぞれの証拠の獲得状況、捜査の重点の置き方や時間、捜査官の主観的意図等を考慮し、令状主義の潜脱と認められる場合に限り、違法となると考える。
ア まず、本件は強盗致死傷事件であり、別件は業務上横領事件である。前者は、身体犯であるとともに死亡結果まで起きており、死刑まで法定されている(刑法240条)。一方で後者は、被害額も少ないのもであり、本件のほうがそのより重い事件であるといえる。
イ 証拠の点について。別件について、まず甲は否認している。もっとも、返済を迫っていたYとの待ち合わせの事実が判明し、Yから甲が臨時収入があったから金を返すと発言した旨の供述調書を得ている。また、防犯カメラ映像についても、H店には甲が確認できず、また、I点については画像確認に時間がかかっていた。一方で、A宛の領収書データが甲のパソコンから発見されるに至ってもいる。
一方、本件についても、一貫して甲は否認していたが、3月15、2ヶ月分の家賃が振り込まれたとの大家の供述調書を端として、甲が原付自転車を売却したことも明らかとなり、ついには入金状況等への追求を契機として、自白するに至っている。以上からすれば、別件の証拠収集活動を主に行っていたといえる。
ウ 捜査の重点や時間について。別件については計20時間、本件については倍の計40時間の取り調べが行われている点で本件に重点を置いているようにも思える。もっとも、Yの都合上、Yの取り調べは16日までなしえず、防犯カメラ映像についても修理中であり、その確認はやむを得ない事由により遅れている。その間、別件については取り調べ以外の手法により、裏付け捜査やパソコンデータ精査等による証拠収集活動を行っていたのであり、その時間を利用して、甲の本件についての取り調べを行っていたと認められる。よって、必ずしも本件に重きがあったとはいえない。
エ 捜査官の主観について。別件逮捕の際、本件の逮捕も視野に入れて、捜査は並行して行われており、本件について逮捕するに足りる証拠の獲得をも目的としていたと認められる。
オ 以上を総合すると、本件についての取り調べ時間が多い点は否定できないが、これは別件をメインとして行われたものであり、別件について他の証拠収集をし、取り調べが不要な時間に本件の取り調べをしたと認められる。よって、令状主義の潜脱とまではいえず、適法な取り調べであったといえる。よって、身体拘束も適法である。
2.異なる理論構成について
(1)構成
上記に対し、本件基準説があり、本件を目的とする捜査手法に当たる場合には、違法である。
Pは、本件についての証拠が不十分であることから、別の罪の嫌疑がないかと考え、X社社長か別件についての情報を得ている。そして、X社社長が被害額が少額であることや世間体から被害届を出すことを渋ったにもかかわらず、繰り返し説得を続けてこれを得ている。このようなPの手法は、本件について捜査を進めるために、別件で甲を引っ張ろうとの目的であるといえる。従って、かかる手法は違法であり、これに基づく逮捕、及び、勾留、引き続いて行われた身体拘束も違法となる。
(2)採用しない理由
このような考えは、捜査官の主観を考慮するものであるが、令状審査の段階において、裁判官が捜査官の隠れた意図を見抜くことは事実上困難である。また、同時に2つの被疑事実について捜査すべき必要ある場合も否定できない。加えて、並行して捜査を行うほうが被疑者にも便宜的な場合もあり、これを認めないとすると、かえって不当に身体拘束期間が長くなるおそれもある。以上の理由から、このような理論構成は採用できない。
設問2
下線部②の訴因変更の請求を、裁判所は許可すべきか。
1.訴因変更の可否
ア 訴因とは、検察官が主張する特定の構成要件に該当する具体的な事実をいう。そして、訴因変更は、「公訴事実に同一性」(312条1項)ある場合に認められるところ、その趣旨は、被告人の処罰理由の渉猟的探索の禁止にある。従って、その意義は、基本的事実関係が社会通念上同一である場合をいい、両者の共通性の有無により判断される。そして、重なり合いが少ない場合には、非両立の観点も加味される。
イ 公訴事実(以下、それぞれ単に1、2とする)1も2も、日付は同じ平成30年11月20日である。そして、場所は、A方付近から、A方とされているがいずれも同一性の範囲内といえる。また、いずれも財産犯かつ領得罪であり、3万円の被害額も同じであるから行為態様にも共通する面がある。
加えて、1の業務上横領罪は、甲の処分権限ある場合に成立し、そうでなければ2の詐欺罪が成立することになる関係にあり、非両立の関係といえる。
以上によれば、公訴事実の同一性が認められるから、訴因変更は可能である。
2.公判前整理手続きを経ている点について
公訴事実に同一性あるとしても、本件では、公判前整理手続きを経ているとの事情がある。かかる場合にも、無制限に許されるとすると、手続を経たことが無意味になってしまうのではないか。
公判前整理手続きの趣旨は、裁判の迅速性を確保する点にある。一方で、公判廷において初めて明らかとなる事実がある場合も否定できない。従って、そのような事実の出たことが、必要やむを得ないと認められる場合には、訴因変更を許可すべきである。
公判前においては、甲に処分権限あることが前提とされ、弁護人からも主張はなかった。そして、公判において初めてX社社長が、甲に処分権限なかったことを述べており、Aもその事実は知らなかった。甲自身はその認識あったようだが、X社社長が突然公判で上記のような発言をすることは、記憶違い等無理からぬところである。従って、必要やむを得ないと認められる。
以上により、標記の訴因変更請求を裁判所は許可すべきである。
1.下線部①の逮捕、勾留、引き続く身体拘束の適法性について
甲を業務上横領の被疑事実で逮捕等した行為は、いわゆる別件逮捕に当たると考えられるところ、その適法性については、余罪取調べの限界として考えれば足りるから、別件自体がそれぞれ要件を満たす限りは適法である。
(1)通常逮捕
ア 「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」(199条1項)
特定犯罪と犯人性が明白な場合をいう。
Pは、甲の勤務していたX社社長から甲が過去に3万円を横領した旨の供述を受け、その被害届も出されている。そして、甲に3万円を渡したとのAの供述調書や、その記載のなる帳簿類がなかったとの捜査報告書もある。このような事実関係からすれば、業務上横領事件という特定犯罪及び、その犯人が甲であることの明白性が認められるから、標記要件を満たす。
イ 「逮捕の必要性」(199条2項)
逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれある場合をいう(規則143条の3)。
甲は、単身生活し、無職でもあり、預金残高も1万円と少額で、不安定な地位にある。そして、法定刑が最長10年であることも考慮すると、甲が、起訴をおそれて逃亡するおそれがあったといえる。ゆえに、必要性も認められる。
ウ そして、上記の要件のもと、発布された逮捕状により逮捕しているから、適法な逮捕である。
(2)勾留(60条)
ア 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(60条1項柱書)
上記(1)で述べたとおり、認められる。
イ 「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」(同条1項3号)
上記(1)で述べたとおり、甲に逃亡のおそれが認められる。
ウ 「必要がないとき」でないこと(87条反対解釈)
特にこれを否定すべき事情もない。以上によれば、勾留も適法である。
(3)余罪取り調べの適法性(=身体拘束の適法性)
余罪取り調べについての明文の規定はない。しかし、仮にこれを無制限に可能とすることは、令状主義(憲法33条)の精神を没却しかねない。一方でこれを禁止する規定もなく、現実にこれを行うべき必要性ある場合も否定できない。以上からすれば、各犯罪の罪質や、それぞれの証拠の獲得状況、捜査の重点の置き方や時間、捜査官の主観的意図等を考慮し、令状主義の潜脱と認められる場合に限り、違法となると考える。
ア まず、本件は強盗致死傷事件であり、別件は業務上横領事件である。前者は、身体犯であるとともに死亡結果まで起きており、死刑まで法定されている(刑法240条)。一方で後者は、被害額も少ないのもであり、本件のほうがそのより重い事件であるといえる。
イ 証拠の点について。別件について、まず甲は否認している。もっとも、返済を迫っていたYとの待ち合わせの事実が判明し、Yから甲が臨時収入があったから金を返すと発言した旨の供述調書を得ている。また、防犯カメラ映像についても、H店には甲が確認できず、また、I点については画像確認に時間がかかっていた。一方で、A宛の領収書データが甲のパソコンから発見されるに至ってもいる。
一方、本件についても、一貫して甲は否認していたが、3月15、2ヶ月分の家賃が振り込まれたとの大家の供述調書を端として、甲が原付自転車を売却したことも明らかとなり、ついには入金状況等への追求を契機として、自白するに至っている。以上からすれば、別件の証拠収集活動を主に行っていたといえる。
ウ 捜査の重点や時間について。別件については計20時間、本件については倍の計40時間の取り調べが行われている点で本件に重点を置いているようにも思える。もっとも、Yの都合上、Yの取り調べは16日までなしえず、防犯カメラ映像についても修理中であり、その確認はやむを得ない事由により遅れている。その間、別件については取り調べ以外の手法により、裏付け捜査やパソコンデータ精査等による証拠収集活動を行っていたのであり、その時間を利用して、甲の本件についての取り調べを行っていたと認められる。よって、必ずしも本件に重きがあったとはいえない。
エ 捜査官の主観について。別件逮捕の際、本件の逮捕も視野に入れて、捜査は並行して行われており、本件について逮捕するに足りる証拠の獲得をも目的としていたと認められる。
オ 以上を総合すると、本件についての取り調べ時間が多い点は否定できないが、これは別件をメインとして行われたものであり、別件について他の証拠収集をし、取り調べが不要な時間に本件の取り調べをしたと認められる。よって、令状主義の潜脱とまではいえず、適法な取り調べであったといえる。よって、身体拘束も適法である。
2.異なる理論構成について
(1)構成
上記に対し、本件基準説があり、本件を目的とする捜査手法に当たる場合には、違法である。
Pは、本件についての証拠が不十分であることから、別の罪の嫌疑がないかと考え、X社社長か別件についての情報を得ている。そして、X社社長が被害額が少額であることや世間体から被害届を出すことを渋ったにもかかわらず、繰り返し説得を続けてこれを得ている。このようなPの手法は、本件について捜査を進めるために、別件で甲を引っ張ろうとの目的であるといえる。従って、かかる手法は違法であり、これに基づく逮捕、及び、勾留、引き続いて行われた身体拘束も違法となる。
(2)採用しない理由
このような考えは、捜査官の主観を考慮するものであるが、令状審査の段階において、裁判官が捜査官の隠れた意図を見抜くことは事実上困難である。また、同時に2つの被疑事実について捜査すべき必要ある場合も否定できない。加えて、並行して捜査を行うほうが被疑者にも便宜的な場合もあり、これを認めないとすると、かえって不当に身体拘束期間が長くなるおそれもある。以上の理由から、このような理論構成は採用できない。
設問2
下線部②の訴因変更の請求を、裁判所は許可すべきか。
1.訴因変更の可否
ア 訴因とは、検察官が主張する特定の構成要件に該当する具体的な事実をいう。そして、訴因変更は、「公訴事実に同一性」(312条1項)ある場合に認められるところ、その趣旨は、被告人の処罰理由の渉猟的探索の禁止にある。従って、その意義は、基本的事実関係が社会通念上同一である場合をいい、両者の共通性の有無により判断される。そして、重なり合いが少ない場合には、非両立の観点も加味される。
イ 公訴事実(以下、それぞれ単に1、2とする)1も2も、日付は同じ平成30年11月20日である。そして、場所は、A方付近から、A方とされているがいずれも同一性の範囲内といえる。また、いずれも財産犯かつ領得罪であり、3万円の被害額も同じであるから行為態様にも共通する面がある。
加えて、1の業務上横領罪は、甲の処分権限ある場合に成立し、そうでなければ2の詐欺罪が成立することになる関係にあり、非両立の関係といえる。
以上によれば、公訴事実の同一性が認められるから、訴因変更は可能である。
2.公判前整理手続きを経ている点について
公訴事実に同一性あるとしても、本件では、公判前整理手続きを経ているとの事情がある。かかる場合にも、無制限に許されるとすると、手続を経たことが無意味になってしまうのではないか。
公判前整理手続きの趣旨は、裁判の迅速性を確保する点にある。一方で、公判廷において初めて明らかとなる事実がある場合も否定できない。従って、そのような事実の出たことが、必要やむを得ないと認められる場合には、訴因変更を許可すべきである。
公判前においては、甲に処分権限あることが前提とされ、弁護人からも主張はなかった。そして、公判において初めてX社社長が、甲に処分権限なかったことを述べており、Aもその事実は知らなかった。甲自身はその認識あったようだが、X社社長が突然公判で上記のような発言をすることは、記憶違い等無理からぬところである。従って、必要やむを得ないと認められる。
以上により、標記の訴因変更請求を裁判所は許可すべきである。